スナック街に泊まる夜
旅先でホテルを探すとき、私はつい変わった場所を選んでしまう。古い商店街の中だったり、元病院だったり、廃校だったり。建物には不思議と「前世」があって、その痕跡が残っている場所ほど面白い。
今回やってきたのは青森県弘前市。歓楽街の一角に、かつてのスナック街を丸ごとホテルにした場所があるという。そんな話を聞いてしまったら行かないわけにはいかない。
グーグルマップに導かれてたどり着いたのは、昭和の香りを色濃く残す雑居ビル「グランドパレスビル」。昼間に見ればどこにでもありそうな古いビルだが、夜になると様子が変わる。1階には今も現役のスナックが並び、扉の向こうからカラオケの歌声や笑い声が漏れてくる。建物は確かに年季が入っている。しかし不思議と寂れてはいない。むしろ長い人生を歩いてきたベテラン俳優のような貫禄がある。2階へ上がると、突然現れる新しい扉。ここがホテルの入口だった。

雑居ビルの2階に突如現れるホテルの扉。
最近増えている無人ホテルで、従業員はいない。事前に送られてきた暗証番号を入力すると、カチャリと鍵が開く。そして扉の向こうへ足を踏み入れた瞬間、思わず声が出た。
「うわぁ……」
そこにはスナック街が広がっていた。

雑居ビルの中にあるスナック街そのまんま!
廊下の両側に並ぶ無数の店の扉。
店名が書かれた看板。
豪華な装飾。
昭和の歓楽街そのものだ。
ただし営業している店は一軒もない。

客室のひとつ。
なんと、この一軒一軒がホテルの客室になっているのである。スナック街を歩いているのにホテルの廊下。ホテルの廊下なのにスナック街。この違和感がたまらない。
しかも素晴らしいのは、ただ雰囲気だけを再現したテーマパーク風ではないことだ。看板も扉も装飾も現役時代のものがそのまま残されている。普通なら真っ先に剥がされそうな古いシールや注意書きまで残っている。

客室の扉も当時のまま。
このホテルを作った人は絶対にわかっている。古い建物好きが何に興奮するのかを。
重厚な木製ドア。
今ではあまり見かけなくなった丸いドアノブ。
店の前に下ろされるシャッター。
どれも現役時代のままだ。
私はなかなか部屋へ入れなかった。廊下が面白すぎるのである。まるで営業終了後の歓楽街を一人で探検している気分だ。しかも誰にも怒られない。夢のようである。

客室「ターゲット」
ようやく入った客室は「ターゲット」。扉こそ当時のままだが、中はきれいに改装されていた。
広々とした室内。
新しい壁紙。
使いやすい設備。
しかし所々に残された棚や造作が、ここがかつてスナックだったことを静かに語っている。過去を消していない。だから面白い。

客室「Den」
翌日は別の部屋にも泊まってみた。その名も「Den」。こちらはさらに良かった。
おそらくカウンターだった場所に照明が並び、かつてグラスやボトルが並んでいたであろう棚はクローゼットとして使われている。夜になると、ぼんやり灯る照明がなんとも落ち着く。ふと見上げると、古いシャンデリアが下がっていた。長年タバコの煙を浴びてきたであろう飴色の輝き。よく見ると小さな傷やヒビも残っている。新品にはない説得力だ。椅子にも無数の擦り傷があった。何人の客が腰掛け、何人がグラスを傾け、何人が人生相談をしたのだろう。

当時のままの看板
建物には記憶が染み込む。だから古い建物は面白い。このホテルは単なるレトロ風のおしゃれ宿ではない。昭和の歓楽街が歩んできた時間ごと宿泊体験に変えてしまった場所だった。
全国には役目を終えたスナックビルがまだたくさん残っている。もしこんな形で生まれ変わる場所が増えたら、私はきっと泊まりに行ってしまうだろう。そしてまたチェックインより先に、廊下の探検を始めてしまうに違いない。
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