秋田に残る伝説の百貨店

秋田には、休業した今なお再開を願う声が絶えない百貨店がある。お釣りはピン札、消費税はなし。そんな伝説を追って訪ねた木内百貨店で見つけたのは、商品ではなく人々の記憶だった。
あさみん 2026.06.22
誰でも

秋田には、いまでも伝説として語られる百貨店がある。その名は木内(きのうち)百貨店。

昭和の全盛期には「秋田の三越」と呼ばれ、特別な日に出かける憧れの場所だった。修学旅行で訪れ、屋上遊園地で遊び、大食堂でお子様ランチを食べる。秋田県民の思い出が何層にも積み重なった百貨店である。

私が訪れたのは休業前のこと。そのときはまさか、あの体験がこんなに貴重なものになるとは思っていなかった。

木内には昔から有名な噂がある。

「消費税を取らない」

そして

「お釣りがピン札」

である。

今の世の中にそんな話があるだろうか。確かめるため、秋田へ向かった。

木内百貨店全景。

木内百貨店全景。

秋田駅から歩いてたどり着いた木内百貨店は、想像以上に堂々としていた。営業しているのは1階だけだが、その姿には今も百貨店としての誇りが残っている。

ドアを抜けると、まず目に飛び込んできたのは、ピカピカに磨き上げられた床だった。

長く伸びる通路。

天井の照明。

鏡張りの柱。

店内にはどこか昭和の高級感が漂い、百貨店が特別な場所だった時代の空気が残っていた。

歩くだけで優雅な気分になる店内。

歩くだけで優雅な気分になる店内。

最近の商業施設は効率よく買い物をさせるための空間だが、木内は違う。歩いているだけで少し背筋が伸びる。買い物をするというより、「よそ行きの場所に来た」という感覚になるのだ。

売り場を何周も歩いた。並ぶ商品はどれも上品で、気軽に手を伸ばすには少し勇気がいる。ようやく見つけたのが資生堂の花椿石鹸だった。これなら私にも買える。

資生堂花椿石鹸

資生堂花椿石鹸

そしていよいよお会計。

プライスカードは、千円。

レジでも、千円。

本当に消費税がない。

私は一万円札を差し出した。

店員さんがお釣りを数え始める。

すると出てきたのは――

本当にピン札だった。

しかもよく見ると、なんとピン札は通し番号で並んでいる。

噂は本当だった。

お釣りは通し番号のピン札!

お釣りは通し番号のピン札!

ここまで来たら紙袋も欲しい。

「あの、包装もお願いします」

あげる相手はもちろんいない。

それでも包んでもらいたかった。

丁寧に折られた包装紙。

美しく貼られたテープ。

木内の名前が入った紙袋。

その一連の所作を見ているだけで、百貨店という文化の豊かさを感じた。買ったのは石鹸ひとつなのに、なぜかものすごい達成感があった。店を出たあとも、しばらく紙袋を眺めてしまった。

昭和の頃、木内の紙袋は秋田県民にとってちょっとしたステータスだったという。木内の紙袋を持って歩くことが一種の誇りであり、木内の包装紙に包まれた贈り物は特別なものだった。

おしゃれなデザインの紙袋と包装紙。

おしゃれなデザインの紙袋と包装紙。

おそらく木内百貨店が愛され続ける理由は、品物ではない。そこに流れている時間なのだと思う。便利さだけなら現代のショッピングモールのほうが圧倒的に上だ。だが木内には、百貨店が特別な場所だった時代の空気が残っている。

おめかしをして出かけた日。

屋上遊園地で遊んだ記憶。

大食堂で食べたホットケーキ。

家族で買い物をした思い出。

木内は商品を売っているのではなく、その記憶ごと守り続けている。

デザイン性抜群の包装紙。かっこいい!

デザイン性抜群の包装紙。かっこいい!

SNSで木内のことを投稿したところ、多くの秋田県民から思い出話が寄せられた。

屋上遊園地のこと。

大食堂のこと。

玩具売場のこと。

噴水ジュースのこと。

驚いたのは、みなさんの文章から木内への愛情があふれていたことだった。

百貨店は全国にたくさんあった。けれど、閉店して何十年も経ってからなお、これほど人の記憶に残り続ける百貨店はそう多くない。木内百貨店は、建物ではなく「秋田の思い出そのもの」なのかもしれない。

私が訪れたあと、木内百貨店は休業した。あの日何気なく買った石鹸も、包装紙も、紙袋も、いまでは特別なものに見える。

もし再び扉が開く日が来たなら、もう一度あの不思議な時間に会いに行きたい。

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