700体の石像が笑う丘へ。高鍋大師は人の情熱がつくった異世界だった
旅先では、ときどき「どうしてこんな場所が生まれたんだろう」と立ち止まってしまう場所に出会う。有名な観光地というわけでもない。絶景だけでもない。今回紹介するのは、ひとりの人間の情熱が何十年も積み重なり、その土地の風景そのものになってしまったような場所だ。
まず驚くのは、その数だ。宮崎県・高鍋町にある高鍋大師には、700体を超える石像が並ぶ。
「そんなにあって飽きないの?」
そう思うかもしれない。でも実際は逆だった。一体見るたびに「次はどんな顔をしているんだろう」と気になって、気づけば夢中で歩き回ってしまう。ここは石像を鑑賞する場所というより、石像たちが暮らす世界に迷い込む場所なのである。
始まりは、岩岡保吉というひとりの男性だった。
四国八十八か所を巡礼できない人のために、高鍋にも霊場をつくろうと石像を彫り始めた。ところが完成しても、その情熱は止まらなかった。古墳に眠る人々の霊を慰め、人々の幸せを願い、次々と石を彫り続け、生涯で生み出した石像は700体以上。今では宮崎県の観光遺産にも認定され、多くの人が訪れる名所になっている。
とはいえ、ここが人を惹きつける理由は、その数だけではない。

最初に出迎えてくれる石像を見た瞬間からときめいた。腕は四角く、体つきもどこかぎこちない。顔の周りや足元には、まだ削れそうな石がたくさん残っていて、いかにも素人が一生懸命彫りましたという雰囲気が漂う。でも、それがいい。上手すぎないからこそ、一体一体に人間味がある。美術館で見る完成された彫刻とはまったく違う魅力があるのだ。

草むらの中に並ぶ小さな石像たちは、どれも表情が違う。ツタに包まれて何十年もそこに立ち続けている石像もいて、それさえ作品の一部のように見えてくる。

高鍋大師は標高約55メートルの高台にあり、遠くには日向灘が広がる。この景色がまた素晴らしい。石像たちは、まるで自分たちも景色を眺めているかのように海の方を向いて立っている。石像がなくても十分観光地になるような場所なのに、その絶景の中に700体もの石像が点在しているのだから贅沢だ。

しかもここは85基もの古墳群の上につくられている。古墳の周囲に石像を配置し、眠る人々を慰めるという発想も実に面白い。


歩いていると、「この人、角刈りにもほどがあるだろ」という石像が現れたり、首も足も妙に太いツルがいたり、顔だけ色を塗られたカメがいたりと、まるで石像版どうぶつ図鑑だ。さらに、水戸黄門御一行まで登場する。

胸元を見ると、「スケさん」「カクさん」「みとこもん」とちゃんと名前が刻まれている。こういう遊び心が突然現れるから油断できない。


そして、遠くからでも目立つのが高さ6メートルを超える巨大石像だ。近くで見上げると圧倒されるが、横から見ると意外なほど薄く、後ろから支柱で支えられて立っている。その姿を見ると地震や台風などで倒れないか?と心配になる。

しかも胸には「いなり大神」など名前が刻まれ、横にはなぜかビーナスのような女性像まで並んでいる。宗教も神話も芸術も、全部ひっくるめて保吉さんの頭の中でひとつの世界になっていたのだろう。

目をよく見ると、ガラスのようなものが埋め込まれている石像もある。リアルな瞳を表現したかったのか、細かなこだわりに思わず見入ってしまう。

2020年には大師堂も新しく整備され、バリアフリー化やきれいなトイレも完成した。館内には高鍋大師の歴史や石像が展示されていて、七福神も並ぶ。

その七福神のひとり、歯をむき出しにして笑う弁財天を見ていると、神様までどこか親しみやすく思えてくる。

歩みを進めると、今度は十一面観音や薬師如来が現れる。頭の上にいくつも顔が乗り、何本もの腕にはさまざまな持ち物。元になった仏像を忠実に再現しようとしたことは伝わるのだけれど、どこか独特のアレンジが加わり、高鍋大師にしか存在しない世界が出来上がっている。

そして、高鍋大師で私がいちばん好きだったのが「歯」である。ここの石像、本当に歯を見せて笑っているものが多い。仏像というと厳かな表情を思い浮かべるけれど、ここではみんなニコニコしている。口を開けて笑う石像たちを見ていると、不思議とこちらまで笑顔になってしまう。

棒を掲げてうれしそうな人、その周りで喜ぶ仲間たち、七三分けのお父さんに毛量たっぷりのお母さん、なぜか妙に貫禄のある子ども。もちろん本当は違うのだろう。でも、そんなふうに勝手に物語を想像したくなるほど表情が豊かなのだ。

旅先では、有名な観光地を巡るのも楽しい。
でも私は、その土地で誰かひとりの情熱が何十年も積み重なって生まれた場所に強く惹かれる。高鍋大師は、700体を超える石像が並ぶ珍スポットであると同時に、ひとりの人生そのものが形になった場所でもあった。ここにある石像は、決して洗練された作品ではない。それでも一体一体から「もっと作りたい」「もっと人を幸せにしたい」という作り手の熱量が伝わってくる。

旅先で心に残る場所は、必ずしも有名な観光地とは限らない。誰かひとりの思いが何十年も積み重なり、土地の風景になった場所は、不思議なくらい人の記憶に残る。高鍋大師も、きっとそんな場所だ。高台を吹き抜ける風を感じながら、歯を見せて笑う石像たちに会いに行ってみてほしい。きっと帰る頃には、あなたにもお気に入りの一体が見つかっているはずだ。
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